わかったんだよ・・・・・・・・・・・・・・オレにはもう・・・・・・・・わかった・・・・
人間には二種類いる・・・・と
土壇場で臆して動けなくなってしまう人間と
そこで奮い立つ者と・・・・・・・・(福本, 1998)
「賭博黙示録カイジ」第8巻、主人公カイジと気弱でお人好しな石田さんが命がけで鉄骨を渡るシーン、恐怖で動けなくなった石田さんが、カイジへ放った一言です。

Fig.1 恐怖で動けなくなったある男の言葉(福本, 1998)。画像は、めちゃマガより引用。
僕は、カイジをはじめ福本漫画が好きです。カイジシリーズで「ざわ・・・ざわ・・・」の擬音に象徴される、福本作品全体を漂う(アストラル下層的な)感じがたまりません。
しかしながら、この石田さんの言葉にもみられる、「人間には二種類しかいない…、AかNOT Aかだ!」という類の発言は、大嫌いです。勝ち組と負け組、使うものと使われるもの、善人と悪人などなど、聞いているだけならまだいいのですが、自分が分類されると腹が立ちます。
「人間には二種類しかいない〜」という発言にもみられる、「A or Not A」というものの見方は、「二元論的思考」と呼ばれます。ここまで読んでお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、上で僕が述べたことは、福本漫画が「好きか、嫌いか」という二元論的思考、さらには二元論的思考そのものが「好きか、嫌いか」という二元論的思考になっています。
よくよく振り返ると、日常生活の多くの局面では、二元論的思考が働いていることに気づきます。誰かに意見を求められたとき、「好き/嫌い」・「正しい/間違っている」・「良い/悪い」・「成功/失敗」など、二元論的思考に基づいた意見を返すことがほとんどではないでしょうか?
しかし、チベット仏教ニンマ派を中心に伝えられてきた教えである「ゾクチェン」では、本来の心の姿は、二元的思考を超えた境地であると解かれています。ゾクチェンの教えを世界に広めたことで有名な、ナムカイ・ノルブの言葉を引用しましょう。
ふつうの自我中心的な意識は、ちょうど鳥籠のようなものだ。二元論的な見せかけにまどわされ、みずからの真の本性である、原初の境地の空の経験から、自分を切りはなし、限界の中に閉じ込めているのである。この原初の境地を理解することこそが、ゾクチェンの教えを理解することであり、ゾクチェンの教えの伝授とは、それを悟った者、すなわち、単なる潜在的可能性を現実にした者から、二元論的なあり方にとらわれたままの生きものに、この境地を伝えることことなのである。「大いなる完成」を意味する「ゾクチェン」というその名も、この境地が、あるがままで完璧であることを意味している。(ノルブ, 1992,「虹と水晶―チベット密教の瞑想修行」永沢哲訳より抜粋)
ゾクチェンでは、二元論的思考を超えた意識が「リクパの境地」と呼ばれます。この意識では、どのような主観的経験が起こるのでしょうか?リクパの境地を未だ経験していない僕がいうのもせん越ではありますが、「おそらくこっちの方」という話をさせていただきます。
瞑想する際に、現実の問題とその背後で動く心を対象とすると、「あぁ、悪かったのは私のあり方でした」という気づきがおきることがあります。自分の「鳥籠」に気づいた状態です。このとき、現実自分の意識は、懺悔(明るい反省)の状態になりますが、それと同時に澄み渡る青空のような意識が顕れて来ることがあります。そちらの意識に主観的経験の中心が移ると、現実の問題と自分の姿が同時に見えてきます。このような状態では、自分とそれをとりまく世界が儚くも、同時に光輝いているように感じられます。ゾクチェンでは、本来の心の姿が「空性」と「輝き」が結びついたものだと説かれています(ゾクチェンブログ)。おそらくリクパの境地というのは、懺悔からつながる意識の世界が極限まで明るく澄み切った状態なのでしょう。
さて、今回ご紹介する研究は、「二元論的なあり方」を超えた意識の状態の脳活動を調べたという旨の、ニューヨーク大学 Josipovic博士らの論文です(Josipovic et al., 2012)。この研究では、チベット仏教の修行者が「非二元的意識の瞑想(Non-dual awareness meditation、 以下NDA瞑想)」を行っています。このときの脳活動を、集中瞑想(Focused attention meditation、以下FA瞑想)、固視状態(なにもせず、一点を見つめた状態)の脳活動と比較した結果、NDA瞑想中には、通常起こらない、特異な脳活動がみられることがわかりました。
以下では、研究の詳細をご説明します。
実験の概要
実験には、22名のチベット仏教の修行者(推定4,000-37,000時間、平均14,000時間の瞑想経験者)が参加しました。
被験者の脳活動は、固視、FA瞑想、NDA瞑想の三条件で、6分間ずつ計測されています。被験者は、それぞれの条件で、以下の指示に従っています。
固視(fixation): 「固定点(ここでは、画面中央に表示される十字マーク)を注視してください。心がさまようままにして、どんなタイプの瞑想も行わないようにしてください。」
FA瞑想(Focused attention mediation):「固視点を瞑想の対象として、安定した注意の状態を保ってください。集中の状態を保つことで、さまざまな精神的活動が起こることを防いでください。思考が起こってもそれを追わず、固視点に注意を置くことに集中してください。心がさまよい出たら、静かに注意を瞑想の対象に戻してください。」
NDA瞑想(Non-dual awareness meditation):「非二元的な意識の状態を保ってください。身体の内側と外側に同じように注意をおき、さまざまな経験が自然に生じ、そして去っていくままにしてくください。」また、被験者には、外的あるいは内的な経験のどちらかのみに注意を固定しないこと、思考や感情を抑制する意識的な努力をしないことなど、NDA瞑想で起こりやすい間違いを避けるための指示が与えられています。
結果と考察
これらの三条件で計測された脳活動を比較した結果、NDA瞑想中には、通常とは異なる脳活動パターンがみられることがわかりました。
まず、研究背景をお話ししましょう。Josipovic博士らが行った解析は、脳の「外因ネットワーク(Extrinsic Network)」と「内因ネットワーク(Intrinsic Network)」と呼ばれる、二つのネットワークの活動にもとづいています。内因ネットワークと外因性ネットワークは、イスラエル、ワイツマン科学研究所のMalach博士らによって提案された概念です(Golland et al., 2006, 2008)。外因ネットワークは、被験者が映画のワンシーンを見ているときや音楽を聞いているときなど、脳に外部から刺激が入力さているときに活動を高める脳領域がつくる脳内ネットワークで、五感に入力される刺激情報の処理をしていると考えられています。これに対して、内因ネットワークは、外部から刺激が入力されているとき、活動を下げる脳領域であり、内在的な情報の処理を行っていると考えられています。また、内因ネットワークは、デフォルトモードネットワーク(詳しくは、こちら)と呼ばれる脳内ネットワークの諸領域と、ほぼ同じ脳領域から構成されています。
また、これまでの研究から、外因ネットワークの一部と内因ネットワークの活動は、逆相関(片方の活動が上がると、もう一方の活動下がる傾向)することが知られています(Golland et al., 2008)。また、上述の通り、内因ネットワークはDMNとほぼ同義であり、DMNの活動が、注意を必要とするタスクを遂行するために必要な脳内ネットワークの活動と拮抗していることも、広く知られています(Fox et al., 2005)。
Josipovic博士らは、この内因ネットワークと外因性ネットワークの活動の関係性に注目し、脳活動データを解析しました。
その結果、固視条件のときの脳活動では、外因ネットワークと内因ネットワークの活動の拮抗関係が再現されました。
さらに、FA瞑想・NDA瞑想条件下の脳活動を解析した結果、それぞれの瞑想時の脳活動パターンに違いがみられることがわかりました。FA瞑想条件のときには、固視条件と比べて逆相関が強くなっていたのに対して、NDA瞑想のときは、逆相関が弱くなっていました(Fig.2)。

Fig.2 NDA瞑想で、内因ネットワークと外因ネットワークの逆相関が弱まる。横軸:実験条件(左から、FA瞑想・固視・NDA瞑想)、縦軸:相関の強さ、下にいくほど「逆相関」が強くなる。Josipovic et al., 2012より引用。
このような結果を受け、Josipovic博士らは、DMNとさまざまなタスクを遂行するためのネットワークの活動の拮抗関係は、不変の性質ではなく、異なる瞑想法の修練によってそれに変化を起こすことができるといっています。また、瞑想法によって脳活動パターンが異なるということは、異なる瞑想によって得られる主観的経験や長期的な効果に差が生じる可能性があります。
Josipovic博士らの報告では、被験者が体験した主観的経験についての言及がないことが残念です。
まとめ
- 「A or Not A」というものの見方は、「二元論的思考」と呼ばれる
- 日常生活のほとんどの局面では、二元論的思考が働いている
- しかし、ゾクチェンでは、本来の心のありかたは、二元的思考を超えた境地であることが解かれている
- そのような意識状態を作る(らしい)NDA瞑想下の脳活動パターンとFA瞑想下の脳活動パターンには違いがある
引用
- Fox, M. D., Snyder, A. Z., Vincent, J. L., Corbetta, M., Van Essen, D. C., & Raichle, M. E. (2005). The human brain is intrinsically organized into dynamic, anticorrelated functional networks. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 102(27), 9673-9678.
- Golland, Y., Bentin, S., Gelbard, H., Benjamini, Y., Heller, R., Nir, Y., … & Malach, R. (2006). Extrinsic and intrinsic systems in the posterior cortex of the human brain revealed during natural sensory stimulation. Cerebral cortex, 17(4), 766-777.
- Golland, Y., Golland, P., Bentin, S., & Malach, R. (2008). Data-driven clustering reveals a fundamental subdivision of the human cortex into two global systems. Neuropsychologia, 46(2), 540-553.
- Josipovic, Z., Dinstein, I., Weber, J., & Heeger, D. J. (2012). Influence of meditation on anti-correlated networks in the brain. Frontiers in human neuroscience, 5, 183.
- Mason, M. F., Norton, M. I., Van Horn, J. D., Wegner, D. M., Grafton, S. T., & Macrae, C. N. (2007). Wandering minds: the default network and stimulus-independent thought. Science, 315(5810), 393-395.
- ナムカイ ノルブ著, 永沢 哲訳 (1992). 虹と水晶―チベット密教の瞑想修行. 法蔵館
- 福本 伸行 (1998) 賭博黙示録カイジ 8巻. 講談社
