「数息観(すうそくかん)」は、呼吸へ集中する瞑想法です。宗派を問わず、瞑想の初心者に指導される場合が多く、僕も生まれてはじめて瞑想の指導を受けた、インドはブッダガヤの日本寺で、数息観を教えていただきました。「鼻先に半紙がぶら下がっているのをイメージして、それを揺らさぬよう、ゆったり呼吸をしながら、ただ呼吸を数えているように」とご指導いただいたのを記憶しています。
この当時、僕は18歳でした。瞑想に対する漠然とした憧れがあるけど、実際にやったことはないという状態で、瞑想すると何か物凄いことが起こるに違いないと信じていました。
初めての瞑想は、もちろん、なんだかよくわからないまま終わりました。腹が立ったのか、無償でご指導いただいたお坊さんをつかまえて、「こんなことしてなんか意味あるんすか?」と真顔で聞いてしまったことを覚えています。(この無礼を、今でも謝りたいと思っております。すみませんでした。)
しかし、かつての僕がそうであったように、「数息観習ったけど、これ何の役に立つの?」と思っている瞑想初心者の方、また「呼吸を数えれたからって、どうなるものか」と瞑想を止めてしまった方は、結構多いのではないかと思います。
そこで、今回は、数息観の方法をご紹介した上で、「数息観の意味」について、これまでの僕の瞑想体験と心理学・脳科学的知見を用いて、僕なりの答えを出してみようと思います。
もちろん、「行法は、何も考えずただ教えられた通り修すればいいのだ」という意見をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。しかし、行法の意味を理解して、エゴを満足させておくことは、その後の修行の励みになります。この投稿を読んで、瞑想を続ける方が増えればいいなと思っております。
数息観について
まずは、数息観をご存知ない方のために、簡単にやり方をご説明します。すでにご存知の方は読み飛ばしてください。
なお、これは数息観の経験がまったくない方に、とりあえず試していただくことを目的に書いております。本格的に瞑想を深めたいという方は、経験ある指導者をお探しになることを、強くお勧めします。
数息観のやり方
- 心地よい姿勢で座る
- 目を閉じて数回深呼吸する
- 呼吸を腹式に切り替え、鼻でゆったり呼吸する
- 息を吸うとお腹が膨らみ、息を吐くとお腹がへこむのを感じる
- 呼吸が安定してきたら、「いーち、にーい、さーん、…」と呼吸を数え始める
- 雑念が出てきて、呼吸を数えるのを忘れていることに気付いたら、ゆっくり注意を呼吸に戻し、また呼吸を数え始める
- 呼吸を十まで数えたら、また一から数え直す
数息観の基本的なやり方は、以上です。これに加えて坐法、目の使い方など、細かい技法はいろいろありますが、ここでは割愛します。ただし、瞑想中は、「常に心地よいこと」が前提であることを心掛けてください。辛い思いをすると瞑想が嫌いになります。床に座って瞑想すると足が痺れて辛い場合は、椅子を使って瞑想すればいいでしょう。また、息の数え方も、吸う息と吐く息をあわせて一としても、それぞれ数えても、どちらでも構いません。心地よいよう行ってください。
数息観を行う際の注意
瞑想後は、いつも意識が「明るく、静かになっていること」を確かめてください。これは数息観に限らず、あらゆる瞑想に当てはまる重要な原則です。
この「明るく、静かな心」は、サンキャ哲学で「サットヴァ」と呼ばれる心の性質が増大した状態です。サットヴァは、三つに分類された心の性質のうちの一つであり、残りの二つは、「タマス」と「ラジャス」と呼ばれます。それぞれ、心の「暗い性質」と「騒がしい性質」であり、サットヴァの反対の性質と考えられています。
瞑想は、心のサットヴァ性を増大させ、タマスとラジャスを減少させます。瞑想後いつも、ラジャス、タマス、あるいはその両方が増大するという場合は、瞑想のしかたが間違っている可能性が高いです。お心当たりの方は、経験ある指導者からアドバイスを受けることをお勧めします。
数息観の意味
さて、ここからが本題、数息観の目的の話です。瞑想初心者にはなぜ数息観が教えられるのでしょうか?
数息観とメタ意識
僕は、数息観を心理学で「メタ意識(meta-consciousness、あるいはmeta-awareness)」と呼ばれる意識の状態を保持できるようになるための練習法だと考えています。
メタ意識とは、「意識の内容に、自覚的な意識」です(Schooler, 2002)。数息観中には、「雑念に呑み込まれていることに気づく瞬間」にメタ意識が働いています。
なんだかよくわからないので、数息観で起きる主観的経験を具体的に考えて、メタ意識とは何か探ってみましょう。通常の数息観では、「呼吸を数える」 →「 雑念に呑み込まれる(マインドワンダリングする)」 → 「雑念に呑み込まれていることに気づく」 → 「呼吸を数え直す」という一連の主観的経験が繰り返し起こります。この中で「あぁ、雑念に呑み込まれていた!」と気づく瞬間には、「雑念という意識の内容」に「自覚的な意識」が働いています。これは、呼吸を数えているとき、マインドワンダリングしているときとは、異なるレベルの意識であり、上述のメタ意識の定義と一致します。
瞑想初心者の場合、メタ意識は断続的にしか働きません。メタ意識が働いて「雑念に呑み込まれていた!」と気づいても、「いけない、いけない…」と体を揺すって注意を呼吸に戻す頃には、意識は普通の状態に戻っています。日常生活でも、これと同じように、メタ意識は断続的なものであることが知られています(Schooler et al., 2011)。
また、瞑想を始めたばかりのころは、意識とメタ意識の区別がついていないのが普通です。
しかし、瞑想の修練を積むと、メタ意識を一定時間保持できるようになり、また、通常の意識とメタ意識の区別がついてきます。数息観を行う際には、雑念に呑み込まれている自分を眺めながら、呼吸を数え続けることができるようになります。また、雑念に呑み込まれている自分と、呼吸を数えている自分を、同時に観ているようになることもあります。
このような体験は、メタ意識にもある程度階層構造があることを示唆しています。メタ意識の階層性は、マインドフルネス瞑想の意識モデルでも提案されています(Jankowski & Holas, 2014)。
また、瞑想の深まりと、アクセスできる意識の階層が深くなっていくことは、密接に関係しているように思います。
このことから、僕は、初心の瞑想者が数息感を教わるのは、より深い意識の層を体験するための予備訓練的な意味合いが強いのではないかと考えています。
数息観の脳活動
呼吸に集中する瞑想をしている際の脳活動を計測した実験では、マインドワンダリング(雑念に呑み込まれている状態)に気づくときには、マインドワンダリングの最中と比べ、前帯状回皮質背側部(dorsal Anterior cingulate cortex, dACC)を含む脳内ネットワークの活動が高まることが報告されています(Hasenkamp et al., 2012)。メタ意識が働くとき、dACCの活動が高まっているわけです。dACCの活動は、「行うべきことこと」と「実際に行っている/行おうとしていること」の差が大きいほど高まることが知られており(Van Veen & Carter, 2002; Botvinick et al., 2004)、この脳機能は「競合モニタリング(Conflict monitoring)」と呼ばれます。どうやら、dACCの活動と意識の内容をモニタリングするメタ意識の働きは関連しそうです。
一方、瞑想中に呼吸へ集中している際には、マインドワンダリングの最中と比べ、背外側前頭野(dorsolateral prefrontal cortex, dlPFC)の活動が高まります(Hasenkamp et al., 2012)。dlPFCは、作業記憶や目標指向的行動(Goal-directed behavior)とかかわりが深い脳領域です。
さて、すでにご説明した通り、僕は数息観の目的が、メタ意識を保持できるようになるための訓練だと考えています。これは、脳科学的にいえば、メタ意識とかかわりが深そうなdACCを訓練することだと言えるかもしれません。これに対して、一般的に数息観の目的は、呼吸への注意を保ち続ける注意力を養うことだと解釈されているように思います。これは、dlPFCの訓練と言い換えられるかもしれません。
実際に、長期瞑想者と瞑想をしたことがないひとの脳を比べると、物理的な違いがみられることが知られています。ブリティッシュコロンビア大学のChristoff博士らは、瞑想者の脳の物理的構造を調べた複数の論文の研究結果を解析(メタ解析と呼ばれる解析手法)しています(Fox et al., 2014)。解析の結果、複数の脳領域で、長期瞑想者と瞑想未経験者の脳に違いが見つかりました。メタ意識にかかわりそうなdACCと注意集中にかかわるdlPFCがどうだったかというと、dACCに物理的違いが見られたのに対して、dlPFCには違いが報告されていません。この点も、数息観の目的が、メタ意識を維持できるようになるための訓練だという仮説を支持しています。
まとめ
- 「意識の内容に、自覚的な意識」はメタ意識と呼ばれる
- 数息観はメタ意識を保持できるようになるための練習法
- 数息観中には、「雑念に呑み込まれていることに気づく瞬間」にメタ意識が働いている
- はじめは、メタ意識は断続的にしか働かず、意識とメタ意識の区別がつかない
- しかし、修練を積むと、メタ意識を一定時間保持できるようになり、異なるレベルの意識の区別がついてくる
- また、メタ意識にもある程度階層構造がありそう
- 瞑想の深まりと、アクセスできる意識層が深くなっていくことは、密接に関係しているかもしれない
引用
- Botvinick, M. M., Cohen, J. D., & Carter, C. S. (2004). Conflict monitoring and anterior cingulate cortex: an update. Trends in cognitive sciences, 8(12), 539-546.
- Fox, K. C., Nijeboer, S., Dixon, M. L., Floman, J. L., Ellamil, M., Rumak, S. P., … & Christoff, K. (2014). Is meditation associated with altered brain structure? A systematic review and meta-analysis of morphometric neuroimaging in meditation practitioners. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 43, 48-73.
- Hasenkamp, W., & Barsalou, L. W. (2012). Effects of meditation experience on functional connectivity of distributed brain networks. Frontiers in human neuroscience, 6.
- Jankowski, T., & Holas, P. (2014). Metacognitive model of mindfulness. Consciousness and Cognition, 28, 64-80.
- Schooler, J. W. (2002). Re-representing consciousness: Dissociations between experience and meta-consciousness. Trends in cognitive sciences, 6(8), 339-344.
- Schooler, J. W., Smallwood, J., Christoff, K., Handy, T. C., Reichle, E. D., & Sayette, M. A. (2011). Meta-awareness, perceptual decoupling and the wandering mind. Trends in cognitive sciences, 15(7), 319-326.
- Van Veen, V., & Carter, C. S. (2002). The anterior cingulate as a conflict monitor: fMRI and ERP studies. Physiology & behavior, 77(4), 477-482.
